2024/11/15
季節の行事の中で私が一番好きな“クリスマス”。
京都に住み始めたころ、四条河原町界隈が一気にクリスマスムードに変わったことが魔法のように感じました。
クリスマスまでをカウントダウンする、アドベントカレンダー。
過去のオンラインショップのアドベントカレンダーの写真を見ていきながら、思い出をお話させていただきます。
クリスマスに強い関心をもったのはいつだったでしょうか。
私の実家の地区は子どもが多く、大きな小学校へみんなで通っていました。
私が低学年だった頃には全学年で1000人以上。
今とは比べ物になりませんが、決して珍しくない人数だったとは思います。
特に6年生の人数がとても多くて、1クラス40人強の6クラス。
1人の新入生に対して3人くらいの5,6年生がついていてくれているような環境でした。
こういう環境だったからでしょうか、「季節の行事」というものがしっかりと盛り上がって、運動会もクリスマスパーティーも学年を超えてわいわいしていました。
とてもしっかりとした幼稚園・小学校生活を送っていたんだなと今なら思いますが、節分や雛祭りなど日本の季節の行事はその成り立ちから見聞きし教わり、かつ、クリスマスやバレンタインなどの海外から入ってきたイベントもしっかりと“身について”いったと思います。
クリスマスには地区の公民館(今は公民館も廃れていますね)で、大人がクリスマスパーティーを開いてくれます。
回覧板で地区の行事のお知らせがくるのも楽しみでしたし、自分が6年生になった時、少し準備を手伝ったりしたのも断片的な記憶しかないものの懐かしいです。
家には恐らく今の自分の身長と同じ高さ、130~150cmくらいのツリーがありました。
初めてそのツリーをもらったときのことは覚えていませんが、気付くと
「もうそろそろツリーを出す時期…」
という感覚が備わっていたと思います。
お知らせが来て、自宅のツリーを飾り、学校でクリスマスパーティーがあって、当日はプレゼントをもらってケーキを食べる。
だんだんと12月25日当日に向かってわくわくが高まっていっていたんです。
それはまだ「アドベントカレンダー」という存在を知らない頃のことです。
京都に出てきて初めて四条界隈を歩いた時、イノブン四条本店を見つけた私は
「何このお店すご…!面白い!」
と感動して数時間この建物の中にいたのを覚えています。
そのお店のエントランス部分が秋の終わりころのある日、一夜にしてクリスマスのディスプレイへ変わる…
一番古い記憶だとハリー・ポッターがとても流行って人気だった年のクリスマスに、エントランス部分に白い大きなフクロウの人形が宙に浮くように設置されていたこと。
「昨日まで秋…ハロウィンっぽかったのに今日来たらクリスマスになってる!」
まるで魔法のようでした。
四条通りの街の音楽もいつの間にかクリスマスソングに変わります。
通りの頭上にあるイルミネーションもトナカイやサンタに変わっていたと思います。
(近年は冬の装飾として10月~お正月辺りまで一貫しているのか、クリスマスの装飾よりも雲のような形の装飾が設置されていますね)
イノブンで働き始めてから私はもともと実店舗の方のスタッフだったのですが、四条本店の1階のクリスマスの陳列替えに携わるようになり、「魔法を使う」側になりました。
まだハロウィンのディスプレイも何となく行っていた時だったので、クリスマスの陳列替えは10月31日の夜固定で、翌日の朝は眠たかったのもいい思い出です。
何日も前から商品の準備をします。
大がかりな店前とエントランスの装飾。
その年のクリスマスのテーマに合わせた飾りは、数か月前から着手しているので実際のイメージ図を描いたりします。
商品の荷物が届く入荷カレンダーを見ながら一日一日検品と店頭に出す用意。
当日のタイムスケジュールとスタッフにどこの動きを任せるか動きを決めて周知。
配置を決め確認し、大人が一気に仕上げる。
当然、店頭から引く商品があるので何時間もかかります。
杖を振ったら辺り一面クリスマス仕様に、なんてことはないので人力です。
クリスマスのディスプレイを見て入り口から入ってこられるお客様からの
「うっわすっご!」
「ついこの間まで秋の商品だったのに…」
「かわいいー!」
という悲鳴が最高の誉め言葉でした。
海外から来られているご家族のお子さんまで夢中で、クリスマス本場の方からやってくる人にも響く…
そんなディスプレイは誇りです。
大学から一人暮らしを始めて、友だちとクリスマスやバレンタインのイベントにのっかって楽しく遊ぶ。
大学を卒業して仲の良かった友だちが京都を離れ、会える頻度は確かに減りました。
仲良しの2人の誕生日が11月12月にまとまっているので、その友だちとは今でも11月の下旬辺りに誕生日プレゼント兼クリスマスプレゼントを贈り合います。
何も伝えてないし、どちらからともなく何となく始まったことでした。
大人になった今だと「わいわい騒げるからのっかる」という感覚が強いですが、プレゼントを贈る「きっかけ」にもなっています。
ある年友だちから贈られてきたチョコレート。
(私はチョコが大好きです)
「アドベントカレンダー」だったんです。
おとなしく1日ひとつ、食べていきました(笑)
オンラインでも同じく10月の下旬にクリスマスの陳列替え・特集の公開をしてしまうので、私たちスタッフ、11月下旬にアドベントカレンダーを見かけると
「やっとクリスマスが来るか~」
という感覚になります。
でも「アドベントカレンダー」ってなんでしょう。
オンラインショップに異動してきてアドベントカレンダーが実店舗よりはるかに売り上げを作っている、というのを知った時、改めてアドベントカレンダーについて調べました。
アドベントカレンダーは“advent calendar”。
語源を追って調べたわけではないのですが、恐らくラテン語。
ad-ventが付くので「何かしらの“前”」というのは何となく感覚で分かります。
・キリストの誕生を待ち望む期間で、12月24日までの24日間。
・アドベントシーズンはクリスマスの準備を進める大切な期間。
・“窓”を1日ひとつ開けて中の小さな“何か”を楽しみながらクリスマスを迎える期間。
本来は、リースにローソクを灯していったり、装飾を増やしていったり…
はっきりとした「こういう形のものだった」というのがなかなか出てきませんでした。
クリスマスを迎えるための儀式的なものだったのでしょうか。
一般的にカレンダーになりクリスマスまでのカウントダウンを行うものとなったのは、20世紀に入ってからだそうです。
とても小さなチョコレートが入っていたり、キャンディが入っていたり。
小さいサイズでチョコレートがぎっしりつまったものや
今年は異なったフレーバーを楽しめるものなどもあります。
中身は小さなブロックになっていて、毎日小さなプレゼントを開けるよう。
今は紙でできた箱に小さなお菓子が入っているものが主流ですが、アドベントキャンドルやコフレのアドベントカレンダーなどもありますね。
面白いなぁと思います。
クリスマスの歴史や文化は、キリスト教の派によっていろいろなものがあります。
(大学院でヨーロッパの都市経済史を学び古い文献から研究をしていたので、「日本人が思う以上に多様なんだよな」という感覚があります)
村落にキリスト教が入ってくる前からあった慣習と結びついて変容したもの。
宗教の“中心地”でがっちりと教義に定められ、厳格に守られているもの。
次回のクリスマスのよみものの時に少し飾りにまつわるお話を書こうかなと思っています。
大人から子どもへ、さらに小さい子へ…
どんなものでも家の中で伝え続けられてきた、受け継がれてきた大切なこと。
“月”を感じる行事や文化の意味を識って大切にすること。
そういったものを異国の文化のなかでもほんの少し気かけられるとより豊かな時間になるかもしれません。
今クリスマスの商品を取り扱いながら、撮影スタッフの写真を見ながら、
「ああだんだん近づいてくるなぁ…今年も。」
自分も12月が楽しみになってきているのを感じています。
当日は、仲間と一緒にクリスマスパーティーの予定です。
筆記者:K
今年のレトロな雰囲気が素敵なクリスマス特集はこちらより…
全くの余談ですが、小学校の節分の行事の際に、豆まきをするだけではなく、郷土料理を親と一緒に作るという授業参観の日がありました。
私の両親は共働きで鍵っ子でしたし、平日昼間の授業参観に来てもらえるだけでわくわくしていました。
普通の授業参観だったらいつもなら
「じゃあ仕事戻るね、お留守番よろしくね」
と仕事へ戻っていく母を見送っていましたが、その日は一緒に帰れて嬉しかった。
だから、ずっと覚えています。
“その日が来る”というのはそれまでの日々もこどもはわくわくしているものです。
クリスマスの日まで準備や会話が楽しくわくわくしたものになりますように。